
1992(平成4)年にThe Cavaliersのツアーに見習いとして参加し、彼らの初優勝の演奏・演技を間近に見たことで、「絶対にオーディションに合格したい」という想いが強くなっていました。しかし、今のようにオンラインでオーディションブックを見られる時代ではなかったので、事前に渡された資料に書かれていた「基礎奏法と、自分で選んだ自由曲の演奏」という内容をもとに、シカゴの大学が開く朝6時から、授業を挟んで、練習室が閉まる夜12時頃まで、毎日休まず練習しました。
オーディションはThe Cavaliersの本拠地であるイリノイ州・ローズモント市内の施設で11月末の感謝祭の時期の週末三日間にわたって行われました。たった3人の合格枠に、大勢の人たちが集まりました。周りにはアメリカの有名音楽大学に通うメンバーなど、上手そうな人たちばかり。緊張しながら参加した私は、「こんなに上手な人たちがいるなら、自分が合格するのは難しいかも……」と思い始めていました。
初日の金曜日は軽い顔合わせと簡単な基礎練習を一緒に行い、2日目の土曜日にはインストラクターの前で一人ずつ順番に演奏を披露する時間がありました(その時間が一番緊張しました)。その日の夜には、その年のThe Cavaliersのショー曲を現役メンバーとオーディションに来たメンバーが一緒に演奏しました。
The Cavaliersのオーディションは、単に合否を決めるためだけのものではなく、参加者すべてがオーディションを通じていろいろなことを学べるようなシステムになっていました。当時、他の団体では土曜日の昼間に合否が出て、不合格の場合はそこで帰されてしまうということもあったようです。しかし、The Cavaliersでは最後まで参加することで、たくさんのことを学ぶことができました。教育的な配慮のある、とても素晴らしいオーディションだったと思います。
そして迎えた最終日の日曜日、一人ずつ個室に呼ばれ、合否が伝えられました。悲しい顔をしながら部屋を出ていく人たちをたくさん見ました。そして、いよいよ私の名前が呼ばれました。部屋に入り、席に着くと、正面に座っていた先生の一人から「You made it!」と一言、言われました。
その時、英語の意味がすぐに理解できず、一瞬戸惑いました。しかし、先生の表情と、その後の言葉から、自分が合格したことに気づきました。本当に嬉しかったです。その後、初めてグリーンのユニフォームに袖を通した時の感触は、今でもはっきりと覚えています。

オーディション合格後は、11月から月1回のキャンプに参加し、5月のスプリングトレーニングを経て、6月からツアーに出ました。初めてグリーンのユニフォームを着て、観客の前で演奏した時は、とても緊張しました。しかし、それと同時に、大きな感動がありました。
様々な思い出がある中でも、今でも忘れられないのが、メンバーとして初めて参加したクリニックです。会場には1千人以上の高校生が集まっていました。本番直前、緊張している私たちに向かって、リーダーが話し始めました。
「もし間違えそうになったら……(If you think you are going to make a mistake…)」
――そこで少し間を置いて、彼はこう言い切りました。
「間違えないで!(DON’T!)」
リラックスするどころか、その言葉でかえって緊張が増して、ガチガチになったことを覚えています(笑)。しかしそれだけでなく、どの会場でも「前年度の世界チャンピオン、The Cavaliers!」と紹介されることの重みを、そして、世界チャンピオンとして演奏する以上、一音一音に責任を持つべきことを、身をもって学ぶことができました。
そして、先ほどの言葉をかけてくれた同じリーダーから、もう一つ忘れられない言葉を教わりました。彼は私たちに、「プロフェッショナルとは、どんな人か知っていますか?」と問いかけ、答えをこう告げたのです。
「プロフェッショナルとは、難しいことを簡単そうにできる人。そして、簡単なことを難しそうにできる人。これをプロと呼ぶんだよ(A true professional is someone who can make difficult things look easy, and make simple things look difficult. That’s what it means to be a true professional.)」
そう言って彼は、そばにあったトライアングルを一音だけ鳴らしました――その一音が、本当に素晴らしかったのです。言葉で説明するのではなく、その一音そのもので、「プロフェッショナルとは何か」を示してくれました。
当時の日本では、まだ「マーチングをすると音が悪くなる」と言われることもありました。しかし、私がアメリカで出会ったのは、音楽と芸術に対して非常に高い意識を持ったプロフェッショナルたちでした。The Cavaliersにも、大学教授やプロのオーケストラ奏者など、音楽によって身を立てることを真剣に目指しているメンバーが集まっていました。その後、アメリカ五大オーケストラの一つであるニューヨーク・フィルハーモニックの首席トランペット奏者、クリス・マーティンや、同じく五大オーケストラの一つであるボストン交響楽団のトランペット奏者、マイケル・マーティンなど、世界的なオーケストラで活躍する音楽家もDCIから生まれています。
私にとってThe Cavaliersで過ごした時間は、単にマーチングの技術を学んだだけではありませんでした。音楽家としてどうあるべきか、そして「プロフェッショナル」とはどういうことなのか。そのことを、実際の音や行動を通して教えてもらった、大切な時間でした。

The Cavaliersで知り合ったメンバーたちとは、30年たった今でも、ずっとつながっています。3か月もある長いアメリカの夏休み、遊んで過ごしてもいいはずなのに、彼らは自分の意思で音楽的な技術を磨くことを選び、全米から集まって、一緒にツアーをしていました。共に笑い、共に励まし合い、共に歌った時間の中で築かれた絆は、大学や社会では得ることのできない、かけがえのないものだったのだと、今になって思います。
1993(平成5)年、私は日本を含むアジア人として初めてThe Cavaliersの正式メンバーになりました。翌1994(平成6)年には阪本道生(さかもと・みちお)さん、1995(平成7)年には中村裕治(なかむら・ゆうじ)さん、石川直(いしかわ・なおき)さん、石川眞義(いしかわ・まさよし)さん、前代雄司(まえしろ・ゆうじ)さんも加わり、日本からDCIに挑戦する仲間が少しずつ増えていきました。もちろん、彼らとの友好関係も今でもずっと続いています。遠く離れていても、会えば何でも話せる。そんな素晴らしい友人たちです。
こうした日本人プレーヤーのDCIへの挑戦は、日本のマーチング界にも大きな影響をもたらしました。DCIの第一線で活躍するアメリカ人指導者が、日本のバンドにも関わるようになったのです。
私がThe Cavaliersのメンバーとして活動する中で、当時The Cavaliersのマーチングインストラクターを務めていたメッチ・ラジャー氏や、カラーガード・インストラクターだったマイケル・ゲインズ氏が愛町吹奏楽団の活動に関わるようになり、日本のマーチング界に新しい風を吹かせました。
両氏が日本に行く際には、「指導に使える簡単な日本語を教えてほしい」と言われました。そこで私は、日常会話のようなフレーズや、指導に使える言葉を一覧表にして、紙に書いて渡しました。例えば「MO ICHI DO(もう一度)=Again」といった感じです。
今ならChatGPTがすぐに解決してくれるかもしれませんが、当時はそうしたツールもなく、こうした小さなやり取りによってお互いの信頼関係を少しずつ築いていったのかもしれません。当時は、こうした言葉のやり取りに限らず、情報そのものが貴重でした。今でこそ、インターネットで調べれば、どのグループにどんなデザイナーが所属し、どのような作品を作っているのか、すぐに知ることができます。しかし当時は、実際に現地へ行かなければ得られない情報がたくさんありました。 そういう意味でも、私がThe Cavaliersで世界最高峰のデザイナーや指導者たちと出会い、そして彼らが愛町の活動に関わるようになったことは、当時の日本のマーチング界にとって、とても大きな出来事だったのだと思います。
留学前に恩師である関根清和(せきね・きよかず、愛町吹奏楽団代表)先生にアメリカ行きを相談した際、先生は「いつか愛町のためになるかもしれないから、来年からアメリカに行ってきてはどうですか」と仰いました。この言葉が将来的にどんな大きなことにつながっていくのか、当時の私にはまったく想像できていませんでした。 しかし、今になって振り返ってみれば、あの時の先生の言葉はまさにその後の私の人生を導いてくれた言葉だったのだと思います。
The Cavaliersで学んだこと、出会った仲間たち。そして、アメリカで出会った指導者たち。その一つ一つの出会いが、少しずつ愛町へとつながっていきました。
次回は、1995(平成7)年のツアー、そして私自身のソロ大会優勝についてお話ししたいと思います。
1枚目:シーズン中の記念撮影。前から2列目、右から7人目が私です。
2枚目:1993年のピットメンバーとの集合写真。中央でティンパニの椅子に座っているのが、私に多くのアドバイスをくれたリーダーです。
3枚目:1993年の閉会式後、仲の良かったテナーのメンバーと記念撮影。

梶山宇一(かじやま・ういち)
コンコルディア・シカゴ 大学音楽科卒業。愛知工業大学名電高校吹奏楽部顧問、名古屋商科大学吹奏楽部 技術顧問兼指揮者、名古屋音楽大学講師を務める。1984年愛町吹奏楽団(内閣総理大臣杯受賞団体)入団。バンド指導を関根清和氏に学ぶ。1992年に渡米し、翌93年The Cavaliersへ入団。95年DCI(世界大会) にて日本人として初となる個人優勝を果たす。また、同年に団体優勝と最優秀パーカッション賞を獲得。97年にBlue Stars、98年にCavaliersを指導。2004年DCI公認審査員に認定。日本マーチングバンド協会公認指導員。
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