連載コラム【地域とマーチング】#2 地方でのマーチング活動の普及について(森義臣)

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新たな可能性を信じて 熊本でマーチングを

玉名女子高校吹奏楽部にマーチングを導入して、最も効果が上がったことは座奏での演奏力が格段に向上したことでした。関西地区の吹奏楽演奏レベルが高いのは「2000人の吹奏楽(※)」の存在があったおかげではないかと考えています。

マーチング練習が座奏演奏力の向上に効果的であることを熊本県内の中学・高校の先生方に伝えるため、私は練習の合間に熊本県内を駆け回りました。同時に、「2000人の吹奏楽」の熊本版を目標に、熊本でのマーチングフェスティバル開催を思い立ちます。

面会した先生方は思いのほか興味を示され、マーチング講習会を受講してみたいという声も上がりました。「これならばマーチングイベントの企画書が作成できる」と感じ、私は早速テレビ熊本を訪問しました。弱冠31歳の若造が単身でテレビ局を訪ね、当時まだあまり知られていなかったマーチングイベントの企画書を提出しようというのです。玄関払いを覚悟していましたが、部長さんが丁寧に応対してくださり、若造の説明にも熱心に耳を傾けてくださいました。ちなみに、会場は「野球場はさすがに広すぎるだろう」ということで、熊本市立体育館を提案しました。

説明のあと、「社内で審議のうえ、連絡します」と伝えられ、数日間その返事を待ちました。当時は携帯電話がなかったため、勤務先の学校や自宅で、電話を待っていたことは今も忘れられません。

※1961(昭和36)年から2023(令和5)年まで関西地方の野球場で断続的に開かれていた大規模なマーチングイベント。第1回は「春の吹奏楽~1000人の合同演奏~」という名称だったが、参加団体の増加に伴い、第2回から「2000人の吹奏楽」に変更。1989(平成元)年の第29回以降は、「3000人の吹奏楽」の名称が定着していた。

「くまもとマーチングフェスティバル」誕生

数日後、テレビ熊本の部長さんから「教育的番組として取り上げ、一回だけの開催として主催する」という回答をいただきました。早速先生方に報告して講習会を開く準備に取りかかりましたが、「一般的な管楽器講習会であれば、ある程度受講者がいることは見込めるが、どんなものか分からない【マーチングの講習会】では、費用を払ってまで受講する生徒はいない」と聞かされます。慌ててテレビ局の部長さんに面会をお願いしたところ、専務取締役の方が同席されました。もう後には下がれないと思い、土下座する覚悟で講習会経費全額負担を懇願しました。

専務から「あなたは何歳なの?」と尋ねられ、「31歳です」と答えると、「なぜそこまでして開催したいのか」と問われました。私は、玉名女子高校吹奏楽部の創立時から指導者として抱えてきた悩み、そしてマーチング導入によってもたらされた効果について、口角泡を飛ばしながら一心に話しました。

専務はしばらく黙って聞いたあと、「あなたの気合いに負けました。講習会経費も出演に関する経費も、すべてテレビ局が負担します」とおっしゃいました。

こうして、1974(昭和49)年9月25日、熊本市立水前寺体育館で「くまもとマーチングフェスティバル」が開催されました。テレビ熊本は一回限りの主催という条件でしたが、観客も主催者も深く感動し、継続事業として主催するといううれしい報せを受けました。

そして今年、第52回を迎えます。現在、熊本のマーチングレベルは全国的にも高く、複数の学校が名声を博していますが、「くまもとマーチングフェスティバル」が礎となっていることは明白です。



写真について

1977(昭和52)年8月11日、横浜市文化体育館(現・横浜BUNTAI)で開催された「第3回全日本高等学校マーチングバンドコンテスト」に出場した際の写真です。関東学院の広岡徹也(ひろおか・てつや)先生から「ぜひ出場してみてはどうか」と勧めを受けてのことで、玉名女子高校にとって初めてのマーチングコンテスト出場となりました。

写真ではわかりませんが、実は右側に1ポイントずれています。そのため、トロンボーンが壁にぶつかる場面もありました。リハーサルのために会場入りしたときは、関東学院が練習中で、生徒たちはその完成度に圧倒され、一人が倒れて救急車で搬送されるほど。結局、玉名女子はリハーサルの時間を取れないまま本番に臨み、ポイントの確認も十分にできませんでした。ドラムメジャーにポイントの取り方を教えなかった私の指導不足でもあります。結果は銅賞。私は大いに反省しました。

ちなみに熊本からは夜行列車での遠征でしたが、生徒たちは寝る間も惜しんで自分たちで衣装を縫い上げていました。その手作りコスチュームが恥ずかしかったと感じた生徒も多く、帰郷後には「もっと立派なユニフォームを」と保護者会が発足。寄付を募って外注し、見違えるような素敵なユニフォームが完成しました。苦い経験ではありましたが、今となっては笑顔で語れる、玉名女子高校マーチングの大切な第一歩です。

著者プロフィール

森義臣(もり・よしおみ)

日本マーチングバンド協会九州支部初代理事長、熊本県マーチングバンド協会名誉会長。熊本県芸術功労者賞受賞。
玉名女子高等学校吹奏楽部を創設時から指導し、日本有数の吹奏楽部へと育て上げたほか、テレビ熊本主催『くまもとマーチングフェスティバル』に50年以上携わり、九州の吹奏楽・マーチング界に多大な影響を与えている。

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