連載コラム【地域とマーチング】#5 現在と未来に向けた課題と取り組み(森義臣)

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変わる社会、変わらない学校教育

「くまもとマーチングフェスティバル」を立ち上げた当初、学校現場には「公共放送以外の商業放送局が関わる行事に部活動を参加させるべきではない」という考えが根強くあり、出場を断念した学校もありました。また、「華やかなコスチュームでの出演は、参加できない生徒との間に不公平を生む」と職員会議で指摘され、マーチング活動そのものを中止した学校もありました。

しかし現在では、地域の祭りに出演する吹奏楽団が企業名入りのTシャツを着て演奏する光景は珍しくありません。そこには一定の協賛金が発生していると考えられ、活動の財政的支援としてはむしろ歓迎すべき仕組みです。

一方で、学校教育の価値観は当時からほとんど変わっていません。オリンピック種目となったスケートボードやブレイキンなどのアーバンスポーツでは、中高生が賞金を獲得することも珍しくない時代になりました。子どもたちの活動環境は劇的に変化しているにもかかわらず、学校教育を担う大人たちの意識がその変化に追いついていない——ここに大きなギャップがあると感じています。

国際交流の重要性

もう一つ、吹奏楽・マーチングの未来を考える上で欠かせないのが国際交流です。

私が勤務していた玉名女子高校は、人口約6万人の地方都市にあります。現在は海外から観光に訪れる方も増えましたが、50年前は外国人と接する機会などほとんどありませんでした。そんな環境の中、公益社団法人日本吹奏楽指導者協会・九州支部から、韓国・釜山港百周年記念事業への派遣依頼が届きました。1ドル=300円の時代、「生徒が外国に行くなどとんでもない」と学校は強く反対しました。しかし私は、島国の日本、地方の玉名だからこそ海外に触れる経験が必要だと保護者に訴えました。保護者の理解と協力により学校も渋々承諾し、最も反対していた校長を団長にお願いすることになりました。先生方は「田舎の生徒が恥をかくのでは」と心配していましたが、釜山の女子高校生との交流では言葉の壁を越えて笑い合い、別れ際には涙を流して抱き合う姿がありました。

その後、1990年にアメリカのグレン・ミラーフェスティバルに招待された際には、ホストファミリーのお母さんがステージに駆け上がり、生徒を強く抱きしめる場面もありました。こうした交流はアメリカやイギリスのテレビ番組でも紹介され、経済誌『Forbes』に掲載されるほど注目を集めました。このような経験が特別な出来事ではなく、子どもたちが日常的に世界と触れ合える社会こそ、これからの日本に必要だと強く感じています。

マーチングを含む音楽は世界共通語です。国際情勢が不安定な今だからこそ、日本の子どもたちが世界とつながり、多様な価値観に触れることはますます重要になっています。マーチングや吹奏楽は、そのための最良のツールです。学校教育が旧来の価値観にとどまるのではなく、社会の変化を正しく受け止め、子どもたちの未来にふさわしい環境を整えることが求められています。

写真について

1枚目:1990(平成2)年 玉名女子高校吹奏楽部がグレン・ミラーフェスティバルに出場した時の様子
2枚目:『Forbes』掲載ページ

1990年6月、玉名女子高校吹奏楽部はグレン・ミラー生誕地協会日本支部(青木秀臣代表)の尽力により、グレン・ミラーフェスティバルに招待され、演奏を披露しました。フェスティバルは4日間にわたって開催され、展示会・ワークショップ・コンテストのほか、根強い人気を誇るグレン・ミラーオーケストラやアメリカ空軍エアメン・オブ・ノートなど一流バンドのコンサートも行われました。この交流の様子は、アメリカのABC放送、イギリスのBBC放送、日本ではフジテレビ系列が取材したほか、アメリカの経済誌『Forbes』にも2ページにわたって取り上げられました。

著者プロフィール

森義臣(もり・よしおみ)

日本マーチングバンド協会九州支部初代理事長、熊本県マーチングバンド協会名誉会長。熊本県芸術功労者賞受賞。
玉名女子高等学校吹奏楽部を創設時から指導し、日本有数の吹奏楽部へと育て上げたほか、テレビ熊本主催『くまもとマーチングフェスティバル』に50年以上携わり、九州の吹奏楽・マーチング界に多大な影響を与えている。

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