この度、マーチングナビ様のご厚意により、8月から月に一度、5回に渡り、コラムを寄稿させて頂くことになりました。このような機会を頂き大変光栄に思います。私がDCI(Drum Corps International)所属団体のメンバーを目指して努力した道のりや、The Cavaliersに入団して1995年に団体とソロで優勝した時のエピソードなどをご紹介できればと考えています。
また、2004年にアメリカでDCIの審査資格を取得するという貴重な経験から学んだことなどもお伝えすることで、今後、より多くの皆さんが音楽やマーチングの魅力に触れられる機会になればと願っています。このような機会を頂いたマーチングナビ様にも心よりお礼申し上げます。

私が音楽とマーチングに出会ったのは、小学4年生のときでした。母親のすすめで愛町吹奏楽団に入団し、その年の全国大会にシンバルメンバーとして日本武道館の舞台に出演させて頂きました。その後はバスドラムやテナードラムなどを経験しました。自宅から自転車で10分ほどの場所にあったこの吹奏楽団が、のちに全国大会でグランプリ・内閣総理大臣杯を受賞し、世界でも知られる有名な楽団になっていくとは、当時は夢にも思っていませんでした。青少年育成を目的に結成されたこの楽団の練習場が家の近くにあり、素晴らしい先生や先輩方から熱心にご指導頂けたことは、私の人生に大きな影響を与えました。私がアメリカに留学するきっかけを与えてくれたのもこの吹奏楽団です。
恩師である関根清和(せきね・きよかず、愛町吹奏楽団代表)先生は、日本のマーチングの発展に大きく貢献されています。国内での交友関係は大変広く、有名な先生方がバンドの指導に来てくださったことも度々ありました。先生は海外からも常に新しい情報を収集し、楽団員たちに提供してくださっていました。
1986(昭和61)年、関根先生と楽団の先輩方が、アメリカ・ウイスコンシン州マジソン市で開催されたDCI World Championshipsを観戦され、帰国後、私たちにビデオを見せてくださいました。今でこそインターネットを通してたくさんのチームの動画を見ることができますが、当時は現地にいった人しか生の演奏演技を見ることはできなかったので、今思うと本当に貴重なビデオを見せてもらったと感じています。
現地で観戦した先輩方が、どれほど素晴らしい演奏演技だったかを詳しくお話をして下さいました。小6だった当時、DCIのビデオを見ていなければ、「いつかアメリカに行きたい」という想いを抱かなかったかもしれません。

中学生の時は、毎日DCIのビデオを観ていました。高校進学の少し前には、慕っていた先輩方が「毎日休まず練習しよう」という取り組みを始められ、私も真似をして大晦日や正月も含めて毎日休まず練習に通うという高校時代を送りました。
高校3年生の夏頃、進路として、私はまず日本の大学に進学して、21歳(エイジアウト※の年)でアメリカに1年間だけ行かせてもらおうと思っていました。しかし、父親から「せっかく行くなら来年から行ってきてはどうか」と提案され、とても驚いたことを覚えています。そのことを関根先生にご相談したところ、「いつか愛町のためになるかもしれません。皆さんのために頑張ってきてはどうですか」というお言葉をくださいました。また、ちょうどその年からゴードン・ヘンダーソン氏(元UCLA教授。Santa Clara Vanguardで『Phantom of the Opera』を手掛けた編曲者)が愛町のブラスアレンジを務められており、ゴードン氏を通じて具体的に留学の手続きを進めてくださいました。
その後、1993(平成5)年に日本人として初めてThe Cavaliersに入団します。コンコルディア・シカゴ大学にも進学し、より深く音楽を学びました。ここが私にとって世界への出発点となりました。私が渡米するまでの道のりを支援してくださった先生方や、先輩、友人たち、そして両親には感謝の気持ちでいっぱいです。2回目以降のコラムでは、The Cavaliersに入団するまでの道のりや海外で学んだことなどをご紹介していきたいと思います。
※エイジアウト(Age out)とはDCIにおいて定められている出場者の年齢制限のことで、原則21歳以下と限定されている。
1枚目:1985(昭和60)年 愛町のメンバーとしてシンバルで初めて武道館に出演した時の写真。赤白の衣装を着たメンバー1列目の右から5人目(急に背が低くなっているメンバー)が私です。
2枚目:恩師(関根清和先生)がアメリカに応援に来てくださった時のものです。

梶山宇一(かじやま・ういち)
コンコルディア・シカゴ 大学音楽科卒業。愛知工業大学名電高校吹奏楽部顧問、名古屋商科大学吹奏楽部 技術顧問兼指揮者、名古屋音楽大学講師を務める。1984年愛町吹奏楽団(内閣総理大臣杯受賞団体)入団。バンド指導を関根清和氏に学ぶ。1992年に渡米し、翌93年The Cavaliersへ入団。95年DCI(世界大会) にて日本人として初となる個人優勝を果たす。また、同年に団体優勝と最優秀パーカッション賞を獲得。97年にBlue Stars、98年にCavaliersを指導。2004年DCI公認審査員に認定。日本マーチングバンド協会公認指導員。
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