「マーチングや吹奏楽を仕事にしたい!」という想いを抱いたことのあるプレーヤーも少なくないだろう。でも、どうやってなるのだろうか? どんな仕事があるのか?
今回は、働きながら演奏家として生きる選択肢として消防音楽隊を紹介したい。横浜市消防音楽隊にご協力いただき、練習の様子やメンバーにインタビューなどを行い、写真と共にお届けする。吹奏楽・マーチングの経験を活かした仕事に就きたいと考えるプレーヤーの道しるべになれたら幸いだ。
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※取材中、写真撮影時のみマスクを外していただきました
所在地:神奈川県横浜市神奈川区沢渡4-7「横浜市民防災センター」内
創設年:1958(昭和33)年
楽器編成:金管、木管、打楽器
横浜市消防音楽隊は、1958(昭和33)年に『横浜開港100周年・市政70周年』を記念し創設。「安全・安心を実感できる都市”ヨコハマ”の実現」のため、市内各所で演奏・演技を通じた広報活動を行い、横浜市民をはじめ、多くの皆さまから熱い声援を受けている。また、1982(昭和57)年に消防音楽隊に「演奏もできるドリルチーム」としてポートエンジェルス119が誕生し、本番に応じて楽器演奏やドリル演技を行っている。
現在は活動の拠点を横浜市民防災センターに置き、防災ふれあいコンサートや、横浜市役所でのランチコンサートなど自主企画コンサートを開催し、防災啓発活動に努めている。
横浜市消防音楽隊隊長の永峯義典(ながみね・よしのり)さんにお話を伺った。
――隊長は吹奏楽・マーチング経験者ですか?
永峯:「私自身は楽器未経験で、配属部署の異動で音楽隊にやってきました。出身校に吹奏楽部があったり、友人が出場するマーチングの大会を見に行ったことがあったので身近に感じてはいましたが……当時は『まさか自分が音楽隊とは』という思いはありました(笑)。現在は主に隊の活動における事務的な部分を担っています」
――横浜市消防音楽隊にはどんなメンバーがいますか?
永峯:「横浜市消防音楽隊は、横浜市消防局の予防部に所属する横浜市の組織です。日頃は横浜市民防災センターを活動拠点として活動し、2022(令和4)年8月1日現在、20代から50代までの41名が所属しています。男性7名・女性34名で、区分は、いわゆる消防士である『消防吏員(しょうぼうりいん)』、主に消防音楽隊の運営等を行う『消防局事務職員』、楽器演奏や演技を専任で行う『会計年度任用職員』に分かれていますが、いずれも横浜市の消防職員です。隊員のほとんどが吹奏楽経験者や音大卒で、演奏技術には高い評価をいただいております。もちろんマーチング経験者もいます」
取材に協力してくれた隊員のみなさん
――横浜市消防音楽隊になるにはどうすればよいのでしょうか?
永峯:「先ほどお話しした『消防吏員』、『消防局事務職員』、『会計年度任用職員』のいずれかの採用試験を受験していただくことになります。年度によって採用の有無がありますので、都度ご確認いただければと思います」
――普段はどんな活動をしていますか?
永峯:「基本的な勤務時間は、消防吏員・消防局事務職員が8時30分~17時15分、会計年度任用職員は8時45分~17時となり、間に1時間の休憩が入ります。原則は平日勤務ですが、派遣元からの希望に応じて土日に演奏等を行うことも多いです。勤務内容は、市内各所からの派遣依頼に応じた演奏・演技活動や、音楽隊員が自主的に企画するコンサート等を行っています。形態としては、全体演奏、アンサンブル演奏、ステージドリル、ドリルパレード、街頭行進などがあります。コロナ禍以前は年間200件ほどの演奏派遣がありましたが、2021(令和3)年度は年間40件程度となっています」
――横浜市消防音楽隊の魅力を教えてください
永峯:「『音楽の力で防災を呼びかけられる』というところでしょうか。先述のように音大卒などの隊員が多いので、街頭での演奏などを行っているときに思わず足を止めて聴き入ってくださる方がとても多いんです。ただ防災を呼びかけるだけではこうはいかないので、音楽の力は大きいなと感じますね」
副隊長を務める稲葉卓巧(いなば・たかよし)さんにお話を伺った。
――横浜市消防音楽隊に入ったきっかけを教えてください
稲葉:「中学、高校と吹奏楽部でトロンボーンをやっていて、現在はホルンを担当しています。マーチングは未経験です。高校生のとき『卒業しても音楽を続けたい』と考えていたところ、横浜市で消防音楽隊の募集があると聞き、消防職員の試験を受けました。採用後は消防署で勤務し、その後異動の際に音楽隊を希望して入りました」
――普段はどのようなお仕事をされていますか?
稲葉:「音楽隊の運営や、派遣演奏の際に使用するバスなどの車両の運転、そして演奏業務です。本番の状況にもよるのですが、一日2~3時間の合奏練習を行って本番に備えています」
――吹奏楽での経験が今のお仕事に活かされていると感じる瞬間はありますか?
稲葉:「消防学校に入ったとき、学生時代に吹奏楽部で鍛えられた経験がとても活かされました。厳しい訓練にも負けない根性を身に着けられていたんだなと感じましたね。また、自分たちの演奏で観客のみなさんが喜んでくださる瞬間は何よりもやりがいを感じます」
福岡県出身の会田礼華(あいだ・あやか)さんは、音楽を仕事にしたいという夢を叶えた隊員だ。
――横浜市消防音楽隊に入ったきっかけを教えてください
会田:「私は小さな頃から音楽が大好きで、ピアノやクラシックバレエを習っていました。中学校から吹奏楽を始めて、高校は地元福岡にある精華女子高等学校に進学して吹奏楽部の活動に打ち込みました。マーチングは高校からです。高校での部活動を通じて、『将来は音楽を仕事にしたい!』と強く思うようになり、音楽大学に進学しました。消防の音楽隊があることは音大生のときに知り、自分の好きな音楽を生かせる職場だと思い採用試験を受けることにしました。横浜という街も憧れだったので、夢が二つ叶ったような感じです」
――普段はどのようなお仕事をされていますか?
会田:「私は『消防事務職員』なので、音楽隊の運営に係る事務業務と、演奏の際は打楽器を担当しています。事務業務と合奏練習と、打楽器アンサンブルの演目がある場合はそちらの練習も行っています。また、派遣演奏の依頼元の調整やドリル演技の制作にも携わっています」
――「音楽を仕事にしたい」という夢を叶えた今、どんな気持ちでお仕事をされていますか?
会田:「高校生のときにたくさんの演奏本番を通じて、『音楽には人の感情を動かす力があるんだ』と感じました。そんな当時の想いを今も仕事としてやれていることは、本当に幸せなことだなと思っています」
地元横浜出身の志賀彩女(しが・あやめ)さんは、ポートエンジェルス119のメンバーとしても活動している。
――横浜市消防音楽隊に入ったきっかけを教えてください
志賀:「私は横浜市立下野庭小学校でマーチングを始めて、中学・高校では吹奏楽を、大学で再びマーチングをやっていました。マーチングを始めた小学生の頃から『将来は小学校教員になってマーチングを教えたい』と思っていたのですが、大学で再びマーチングをやるようになったとき、教えるより自分がプレーヤーとして活動したいという気持ちが強くなって……そんなとき、横浜市消防音楽隊の存在を知りました。私の父が横浜市で消防士をしていたこともあり、父と相談し、採用試験を受けることにしました」
――普段はどのようなお仕事をされていますか?
志賀:「私は会計年度任用職員として音楽隊の業務に従事しています。担当している打楽器の演奏やポートエンジェルス119として活動しており、演奏や演技の企画等とともに後輩職員の演技指導等も行っています。また、横浜市民防災センターの展示室で受付業務なども行います」
――ポートエンジェルス119について教えてください
志賀:「ポートエンジェルス119は、『会計年度任用職員』のうち、演奏演技区分で採用された女性22名で構成されています。ストレートトランペットという演技用専用の楽器(※音は出ません)を使用するので、日頃はその操作などの訓練を行っています」
――このお仕事の「やりがい」はどんなところにありますか?
会田:「コロナ禍でリモート演奏などもやらせていただいたのですが、やはりお客様のいる会場で生演奏ができるのは大変ありがたく感じています。お客様の中には応援のお言葉をくださる方もいて、大変励みになります。中には『私も楽器を始めてみようと思いました!』と声を掛けてくれる方もいらっしゃるんです。演奏を通じて防災の呼びかけはもちろん、人に良い影響を与えることができる仕事って素晴らしいなと感じています」
「好きなことを仕事に」というとどこか夢見がちな発言のように捉えられることもあるが、中には横浜市消防音楽隊のように、音楽の力で防災の啓発活動を行い、安全・安心な市民生活に貢献できる職場もある。実際に「好きな音楽を仕事にした」という吹奏楽・マーチング経験者の声を聞くと、やりがいを感じながら働いている様子が伝わってきた。
学生プレーヤーのみなさんは、学生時代に一生懸命打ち込んだ吹奏楽・マーチングでの経験を、このような形で活かしてみてはどうだろうか。
「横浜市消防音楽隊」
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