【心の抵抗力で立ち向かえ!】コロナ禍と立正大学淞南高校

2020年夏、島根県松江市にある立正大学淞南高等学校で当時国内最大級と称された新型コロナウイルスのメガクラスターが発生した。全国的に報道され、記憶にあるという方も多いのではないだろうか。

学校は島根県健康福祉部、松江市健康部、松江保健所、医療機関と連携し、校舎と寮を34日間にわたりロックダウンを行い、メガクラスターを乗り越えた。そして9月に学校が再開されたのち、サッカー部・野球部・マーチングバンドの各部活動は長期間活動を行えなかった影響を物ともせず、大会で素晴らしい結果をあげたのだ。

生徒たち、そして学校はどのようにこの苦境を乗り越えたのだろうか? 今回は、立正大淞南高校の校長で、島根県マーチングバンド協会理事長の北村直樹氏に話を伺った。同氏はマーチングバンド部創設にも大きく関わっている。

立正大淞南高校ってどんな学校?

北村校長:「本校は昭和36年に創立し、2021年で60周年を迎えます。本校の特徴としては、生徒のほとんどが寮生活を送っているというところです。全校生徒約300名のうち、約250名が寮生です。部活動については、現在は硬式野球部・サッカー部・マーチングバンド部・射撃部が主な四本柱として活動しています。サッカー部は全国大会に何度も出場しており、野球部も夏の甲子園に二度出場して、全国レベルの活躍を続けています。

マーチングバンド部は元々吹奏楽部としてスタートしたのですが、平成3年に私が教員として赴任した際にマーチングバンドとして活動を開始しました。私は大学生の頃に『中野トゥインクル』というチームでマーチングバンドの活動をしていて、コントラバス(チューバ)やバリトンを担当し、全国大会にも出場した経験があります。マーチングバンドは多くの人に感動を与えることができるので、そういった活動が自分の母校でもできないかと思ったことと、『自分たちのパフォーマンスに感動してくれる人がいる』ということを知る体験を生徒たちにさせてあげたいと思い、始動しました。現在まで約30年くらい活動を続けています。

運動部の実績とともに知名度も上がってきたので、マーチングバンドも後に続いてほしいと思い、外部からの指導者を入れるなどして強化をしてきました。マーチングバンド部は大会シーズンは大会出場、それ以外の時期も地域イベントなどに参加し、オールシーズンで活動しています。観る人に感動を与えることができるという経験から、生徒たちにはたくさんのことを学んでもらいたいと感じています」

今回のコロナクラスターについて

北村校長:「今回のコロナウイルスの感染症は、誰もが気を付けていてもリスクをゼロにすることができない難しい問題でした。本校も感染症対策は行っていたのですが、残念ながらクラスターが発生してしまいました」

以前から学校では様々な活動を制限して、『感染しない・させない』という取り組みは行っていたそうで、学校独自のそのガイドラインに沿って対応していたという。クラスター発生当時、クラスター自体がまだ珍しい出来事だったので、対応としては手探りだったそうだ。

北村校長:「当時私は『生徒たちの日常を必ず取り戻す』ということを一番強く思っていました。生徒たちの回復を最優先に、そして学校を支えてくださる方々や地域のみなさんに不安を与えてしまったことへの対応として会見なども行いました。感染拡大防止のため、独自に学校と寮のロックダウンを行い、生徒たちを外に出さず治療に専念しました。幸い全員無症状と軽症だったので、回復は早かったです。

私は、生徒に日常を取り戻したり、地域に安心を与えるためには、一日も早く学校を再開することだと思い、『安心・安定・安全』の3つをゴールに努力を続けました。これは、現実世界も生徒の心の世界にも必要な要素ですし、それを追求することが私の使命であり責任と感じていました。

ただ、あれだけの大規模クラスターが発生してしまったので、学校の再開は校長である私の一存では決められるものではありません。島根県や松江市と連携し、協議を重ね、9月1日にようやく学校を再開させることができました」

誹謗中傷など、見えない不安や恐怖との戦い

「ネット上で責められることもあったが、ネットに助けられたのも事実だった」と北村校長は言う。

北村校長:「今回のコロナウイルスは未知のもので、もし感染したら……という不安は誰しもが抱いているものだと思います。不安な気持ちから批判や心無い言葉が生まれてしまうことは、ある意味仕方のないことだと考えています。ただ、支援や応援をしてくださった方がものすごく多かったんです。クラスター発生当時、ネット上では心無い言葉を掛けられましたが、サッカーの本田圭佑選手や青森山田高校をはじめ多くの方々から応援の声を頂きました。

北村校長:「応援や支援があることを積極的に伝え続けることで、生徒や保護者の心のケアを行ったことは大きかったのではないかと考えています。地域の方をはじめ卒業生や学校関係者から応援や支援の声をたくさんいただき、なんとか学校を再開することができました。

また、メディアに学校が取り上げられたことを見て、本校宛に物資の援助も数多くありました。日用品を中心に、飲料は何千本も届き、マスクについては最終的に3万枚ほど届きました。地域の方だけでなく、卒業生や、匿名の方など、たくさんの方が送ってくださいました。『何をやってるんだ』というお叱りの声だけでなく、『頑張ってほしい、助けてあげたい』と思ってくださった方がたくさんいたんだということを実感することができました」

元気になって恩返しをしよう!

学校では8月の自粛期間は一切の活動を行わず、外に出ずに健康の回復に努めていたという。しかし9月1日に活動を再開して以降、野球部は島根県で3位になって中国大会に出場し、サッカー部は選手権大会で準優勝を収め、マーチングバンド部はオンライン開催の全国大会に出場を果たした。活動をしていなかったにも関わらず、なぜこのような結果を残せたのだろうか。

北村校長:「自粛期間中に『生徒たちの心を救う・前向きにさせること』にフォーカスした結果ではないかと考えています。寝る時間以外……起きている間中ずっと、ネットでの批判や誹謗中傷に対して敵対する気持ちや自分を攻める気持ちを抱いていたら、どうなっていたでしょうか。私は、このような結果には辿り着けなかったのではと思います」

自粛期間中、北村校長は、生徒たちに続々と届く支援物資の写真や応援の手紙をPDFにして共有することで、自分たちを励ましてくれる人たちの存在を常に伝えていたそうだ。『たくさんの優しさや善意で心を満たして、不安な気持ちや自分を責める気持ちを失くそう。そして感謝しよう。早く元気になって恩返ししよう!』と生徒へ発信し続けたことで、再開を迎えた時に生徒たちの目が変わっていたと感じたという。

北村校長:「生徒たちだけでなく、教職員も、学校全体が変わることが出来ました。それで各部活動があのような素晴らしい結果を残すことができました。未知のウイルスには、『心の抵抗力』が必要なんじゃないかと私は考えています。これは本校だけでなく、全国の学校に必要なことなのではと思います。生徒たちは本当によく頑張ってくれましたし、結果を出せたことで恩返しが少しは出来たのではないでしょうか。私個人としても勇気をもらいました」

これからの部活動、教育の在り方について

北村校長は、コロナ禍でオンライン化が進んだ影響もあるが、これから学びの在り方は大きく変わってくると感じているという。そしてそれはマーチングバンドにも通じることが大きいのではないかと話してくれた。

北村校長:「子どもの様々な可能性を様々な学び方で試していきたいですね。個性や可能性を大切にしていくことが、これからの教育にとって大切なことなのではないかと考えています。

例えば苦しい練習でも、得意なこと・好きなことであれば目標を持って乗り越えられる。壁に当たったときも、乗り越えようという気持ちになれるんです。自らを鍛えるという姿勢は成長にとって大切なことです。

特技や個性を活かし目標を持って進むということは、それぞれ違った性格や違う楽器が集まって一つのショーを作り上げるマーチングバンドと非常に共通している点が多いですよね。マーチングバンドには、大人になるプロセスの中で非常に大切な要素が詰まっていると思います」

誹謗中傷、不安な気持ち、未知のウイルス……いずれも目に見えない恐怖だ。しかし、他者からの善意や可能性や希望も同じく目に見えないものでもある。見えない恐怖に打ち勝つため、見えないものから力をもらう。心の抵抗力を高める大切さを教えてもらったと感じるインタビューだった。

 

立正大学淞南高等学校

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